itoyaさんの旅行記
テーマ:世界遺産・遺跡
旅行記タイトル:駆け足で世界一周
旅行期間:2006/12/24〜2006/12/24

旅行記の内容:会社の同期のKちゃんが新車を買ったので一緒にドライブに行こうということになりました。
私は一度で良いから東武ワールドスクエアに行ってみたいと頼み込み、行くことになりました。
Kちゃん、Yちゃんとその子供三人、私と娘の7人です。
行ったことある友人からは、行ってもつまらないよと言われつつ。
約3時間で到着し、まずお昼を食べました。
あまりお客さんもいないのでちょっと心配に。
駐車場もすいてたしね。
子供達は特に興味も示さず、走り回っている。
私はできるだけ人形の目線で写真を撮りまくる。
トロムソで液晶のカバーが無くなって、写真が確認しづらくなってます。
全て撮影したつもりですが、ピンぼけや、とっても傾いてたりとかで使えないのがありました。
写真を整理している時も、この建物って何だっけ?というのがあり、Webで調べつつ作成しました。
閉園は16:00ですが、15:30にはレストランは閉まってるし、ファーストフードの店は飲み物しかやってないし、ちょっとやる気無いんじゃない?
帰りは、宇都宮餃子をお土産にしました。
写真:会社の同期のKちゃんが新車を買ったので一緒にドライブに行こうということになりました。
私は一度で良いから東武ワールドスクエアに行ってみたいと頼み込み、行くことになりました。
Kちゃん、Yちゃんとその子供三人、私と娘の7人です。
行ったことある友人からは、行ってもつまらないよと言われつつ。
約3時間で到着し、まずお昼を食べました。
あまりお客さんもいないのでちょっと心配に。
駐車場もすいてたしね。
子供達は特に興味も示さず、走り回っている。
私はできるだけ人形の目線で写真を撮りまくる。
トロムソで液晶のカバーが無くなって、写真が確認しづらくなってます。
全て撮影したつもりですが、ピンぼけや、とっても傾いてたりとかで使えないのがありました。
写真を整理している時も、この建物って何だっけ?というのがあり、Webで調べつつ作成しました。
閉園は16:00ですが、15:30にはレストランは閉まってるし、ファーストフードの店は飲み物しかやってないし、ちょっとやる気無いんじゃない?
帰りは、宇都宮餃子をお土産にしました。
旧トーマス邸(風見鶏の館)(日本)
風見鶏が切れてしまった。
この館はかつて神戸に住んでいたドイツ人貿易商ゴッドフリード・トーマス氏(G.Thomas)が自邸として建てた建物です。
北野・山本地区に現存する 異人館のなかでれんがの外壁の建物としては唯一のもので、色鮮やかなれんがの色調、石積みの玄関ポーチ、2階部分のハーフ・ティンバー(木骨構造)など、 他の異人館と異なった重厚な雰囲気を持っています。
また、尖塔のうえに立つ風見鶏はよく知られ、今では北野町の象徴として欠かせない存在になっています。
風見鶏はその名の通り風向きを知る役目も持っていますが雄鶏は警戒心が強いことから魔除けの意味や、またキリスト教の教勢を発展させる効果があるといわれてきました。
(旧トーマス住宅Webサイトより)

札幌時計台(日本)
1877(明治10)年クラーク博士のあとを継いで教頭となったW・ホイラーが基本構想図を作り、開拓使工業局主席技術者安達喜幸の設計、監督で1878(明治11)年10月16日に完成しました。
費用は、当時のお金で3、869円16銭3厘でした。
2階は、兵式訓練や体育の授業などの屋内体育館や中央講堂として使用され、1階は、研究室、講義室、動植物や鉱物の標本展示室として使われました。
時計台(演武場)は、完成したとき時計がつけられていなく小さな鐘楼(しょうろう)のみでしたが開業式に出席した開拓長官黒田清隆の発案で、時計の設置が決まりました。
(札幌市時計台Webサイトより)

道後温泉本館(日本)
道後温泉本館は、神の湯と霊の湯という二つの浴室と、それぞれの休憩室など、4つの入浴コースと皇族専用の又新殿からできています。
神の湯本館棟の歴史がいちばん古く、完成したのは明治27年。
又新殿は明治32年にお目見えしました。
明治時代の温泉施設が、こんなにきれいに残っているのは日本でここだけ。
平成6年12月には、近代和風建築としてのすばらしさと保存状態のよさから、国の重要文化財に指定されています。
(道後温泉事務所Webサイトより)

大浦天主堂(日本)
江戸時代末期の元治元年(1864年)にフランス人司祭ベルナール・プティジャンと横浜から来たフューレ神父が基本設計を行い、天草出身の棟梁小山秀之進(秀)が建設した。
建築当初は三本の塔を持つゴシック風のつくりながら、正面中央の壁面はバロック風で、外壁はナマコ壁という特殊なスタイルであった。
1879年に増築され、外壁をレンガ造にあらため、完全にゴシック風の建物になった。
(ウィキペディアより)

でんこちゃん発見。
園内に14万体の人形があるそうですが、その中にでんこちゃんが隠れているそうです。
田んぼのあぜ道に立つでんこちゃん。
私が発見したのはこれだけです。

姫路城(白鷺城)(日本)
姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県姫路市(播磨国飾東郡姫路)にある城。
白漆喰の城壁の美しさから白鷺城(しらさぎじょう、はくろじょう)とも呼ばれる、日本における近世城郭の代表的な遺構である。
築城以来廃城や戦火の危機を免れてきた事から天守をはじめ多くの建造物が現存し、うち大天守、小天守、渡櫓等8棟が国宝、74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に指定されている。
また1993年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録される。
三大国宝城の一つに数えられ、築城以来の姿をよく残している事もあって時に「天下の名城」あるいは「日本一の名城」とも言われる。
(ウィキペディアより)

厳島神社(日本)
厳島神社(いつくしまじんじゃ)は、広島県廿日市市の厳島(宮島)にある神社。
1400年の歴史をもつ。
式内社(名神大)・安芸国一宮で、旧社格は官幣中社(現 別表神社)
宗像三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)を祀る。
市杵島姫命は神仏習合時代に弁才天と習合しており、当社は江ノ島・竹生島とともに日本三弁天の一つとされている。
厳島神社のある厳島(宮島)は俗に「安芸の宮島」と呼ばれ、日本三景の一つとなっている。
平家納経で有名。
厳島神社の平舞台は、四天王寺(大阪市天王寺区)の石舞台、住吉大社(大阪市住吉区)の石舞台と共に「日本三舞台」の一つ。
ユネスコの世界遺産(文化遺産)となっている。
(ウィキペディアより)
厳島神社は台風のたびに壊れているようですが、実は壊れやすく作られているのだそうです。
胃部分が壊れることで全体が壊れることを防いでいるんだそうです。
豆知識。

東大寺大仏殿(日本)
東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の寺院である。
「金光明四天王護国之寺」(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)ともいい、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして整備した寺である。
「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁(ろうべん)である。
(ウィキペディアより)
小学校の遠足で行ったなあ。
大仏の鼻の穴と同じ大きさの穴が柱に開いていて、そこを通り抜けたりしていました。

清水寺(日本)
本堂は「清水の舞台から飛びおりたつもりで・・・」という言葉でも有名な舞台造りで、139本の巨大な柱の組合せに支えられて断崖の上に建っており、さすがに高く下をのぞくとぞっとします。
この本堂の裏手が“えんむすびの神さま”として若い女性に人気の地主神社になります。
本殿前に左右の守護石で「めくら石」という一対の石があり、一方の石から一方の石へ目を閉じたまま歩くことができれば、恋の願いが叶うといわれています。
(Web-Town京都Webサイトより)

銀閣寺(東山慈照寺)(日本)
特別名勝、特別史跡の庭園は西芳寺(苔寺)の庭園を模して義政と善阿弥の指導によって作庭されたものです。
上下2段に大別され、上段は枯山水庭園、下段は池泉回遊式庭園で中央に錦鏡池が広がっています。
また柿葺の屋根を持つ観音殿(銀閣)は下層が心空殿と呼ばれる住宅、上層が聴音閣と呼ばれる仏堂になっており2つの様式を組み合わせた建物になっています。
義政公は諸芸道の達人を東求堂に集め、芸術三昧の晩年を過ごしたとされています。
その舞台となったのが東求堂内の同仁斎で、現存する最古の書院造りで四畳半茶室の原型と伝えられています。
金閣寺の北山文化の華やかさに比べて、ここ銀閣寺は東山文化の「わび・さび」の世界を漂わせているところです。
(Web-Town京都Webサイトより)

平等院鳳凰堂(日本)
ときの権力者、関白藤原道長が左大臣源重信の婦人から譲り受けた別業をその子頼通が、永承7年(1052)にこれを仏寺に改め、平等院としました。
永承7年は末法初年に当たるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していました。
その翌年の天喜元年(1053)には平等院の阿弥陀堂(鳳凰堂)が落成し、堂内には、平安時代の最高の仏師定朝によって作成された丈六の阿弥陀如来坐像が安置され、華やかさを極めたとされています。
約1000年前に建立された建造物や仏像が今に伝えられ、世界遺産にも登録されております。
(平等院オフィシャルサイトより)

二条城二の丸御殿(日本)
二条城(にじょうじょう)は、京都市中京区二条城町にある江戸時代の城。
京都市街の中にある平城で、京都観光の定番となっている。
城全体が国の史跡に指定されている他、二の丸御殿が国宝に、22棟の建造物と二の丸御殿にある計954点の障壁画が重要文化財に、二の丸御殿庭園が特別名勝に指定されている。
さらに、1994年にはユネスコの世界文化遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録された。
(ウィキペディアより)

金閣寺(北山鹿苑寺)(日本)
鏡湖池に臨む3層の楼閣の金閣は、初層は寝殿造りの「法水院」、2層目は武家造りの「潮音洞」第3層は唐風の「究竟頂」となっており、三つの違った様式を見事に調和させています。
また、衣笠山を借景とした池泉回遊式庭園は室町時代を代表する名園として知られています。
(Web-Town京都Webサイトより)

薬師寺東塔(日本)
白鳳時代の偉容を今日に伝える東塔、昭和に白鳳が再現された西塔。
二つの塔は一見六重の塔に見えるが、実は三重の塔。
これは各層に裳階(もこし)といわれる小さい屋根があるためで、この大小の屋根の重なりが律動的な美しさをかもし出し「凍れる音楽」という愛称で親しまれている。
塔は本来、お釈迦様のお墓で、梵語の「ストゥーパー」が中国語に音訳されて「卒塔婆(そとうば)」となり、それが「塔婆」、更に「塔」となったもの。
塔の上屋部を相輪(そうりん)というが、実はこれが卒塔婆で、その基部へ仏舎利を納め、お墓にさしかけた日傘が九輪(くりん)になり、尊い塔が火災にあわないようにと水の煙、水煙(すいえん)を造り祈った。
(薬師寺公式サイトより)

薬師寺西塔・金堂(日本)
七大寺巡礼記によれば「金堂五間四面、瓦葺、重閣おのおの裳階(もこし)あり、すなわちその造様四蓋也」と記されており、東塔と同じ意匠ですべて統一されていることがわかる。
裳階(もこし)を施した金堂のたたずまいの美しさは、「龍宮造り」と呼ばれて、人々の目を奪った。
また、堂内も美をつくし、妙をきわめた荘厳さで、灯火がなくてもさんぜんと光り輝いたと伝えられている。
享禄元年(1528)の兵火によって焼失。
昭和51年(1976)有縁の人々のお写経勧進によって金堂再建。
(薬師寺公式サイトより)

石山寺多宝塔(日本)
わが国で国宝に指定されている六基の多宝塔のなかで、石山寺の多宝塔はとりわけ全体に均整がとれ軽快で美しく、しかも最古の建造として評価されています。
(石山寺Webサイトより)

唐招提寺(日本)
唐招提寺は、中国の高僧 鑑真和上(688?763)により創建された律宗の総本山です。
鑑真和上は聖武天皇の招聘に応えて来日を決意され、五度の渡海の失敗と度重なる艱難辛苦のすえ両目の光を失いながらも753年、渡航を志してゆうに12年の歳月を経て、来日を果たされました。
この偉業は日本でも中国でも広く知られています。
(唐招提寺2010プロジェクトWebサイトより)

万里の長城(中国)
万里の長城(ばんりのちょうじょう、ワンリー・チャンチョン)は中華人民共和国にある遺跡。
ユネスコの世界遺産(文化遺産)。
河北省山海関から、甘粛省まで至り、総延長は6000km以上に及ぶ。
その大きさから「月から見える唯一の建造物」とも言われていたが、2004年12月8日に宇宙空間から肉眼で観測することはできないと中国科学院により否定された。
(ウィキペディアより)
中国人の友達に聞いたところ、英語ではGreate Wallというそうです。

雲崗石窟(中国)
雲岡(雲崗)石窟(うんこうせっくつ)は中国山西省大同市の西方20キロにある東西1キロにわたる約40窟の石窟寺院。
雲岡石窟としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
(ウィキペディアより)

敦煌・莫高窟(中国)
莫高窟(ばっこうくつ)は中華人民共和国甘粛省敦煌市の近郊にある仏教遺跡。
ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
この中から出た敦煌文献でも有名である。
敦煌石窟(とんこうせっくつ)・敦煌千仏洞(とんこうせんぶつどう)とも。
敦煌の周辺には莫高窟・西千仏洞・安西楡林窟・水峡口窟の石窟があり、敦煌石窟・敦煌千仏洞と言った場合、広義ではこの全てを含むことになるが、歴史・規模・内容全てに渡って莫高窟が圧倒しているために敦煌石窟・敦煌千仏洞と言った場合でも莫高窟のことを指すのが普通である。
(ウィキペディアより)

タージ・マハル(インド)
タージ・マハル(Taj Mahal ??? ??? ??? ???)は、インド北部アーグラーにある総大理石造の墓廟建築。
1632年着工、1653年竣工。
1983年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、ペルシャやアラブ、果てはヨーロッパから2万人もの職人を集め、22年の歳月をかけて建造させたといわれているインド=イスラーム文化の代表的建築。
シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死(1630年)を悼んで建設したとされる逸話は有名。
(ウィキペディアより)

アンコール・ワット(カンボジア)
アンコールワットはカンボジアにあるアンコール遺跡の一つで、遺跡群を代表する寺院建築。
アンコールは王都、ワットは寺院を意味する。
大伽藍と美しい彫刻からクメール建築の傑作と称えられ、カンボジア国旗の中央にも同国の象徴として描かれている。
(ウィキペディアより)

マスジット・イ・シャー(イラン)
アッバーズ1世により建築。
モスクは完全左右対称型で且つメッカを向いて建てなければならないため、広場の南側に建てられたこの建築物は、広場に対して45度の角度を持っている。
(ONOKOROのWebサイトより)

ビッグベン・国会議事堂(イギリス)
ビッグベン (Big Ben) とは、英国の首都ロンドンにある「ウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)」に付属する時計塔 (Clock Tower) の大時鐘の愛称。
現在では時計塔全体、あるいは大時計そのものをさして言う場合もある。
時計塔の高さは95m、鐘の直径は9フィート、重さは13.5トン。
15分ごとに鳴る。
(ウィキペディアより)

グエルパーク(スペイン)
グエル伯爵がガウディの才能を見込んでこの公園を作らせました。
ベンチのモザイク、小さな家、でこぼこした壁などが周囲の草木や花々とマッチして、ひと味違った公園の雰囲気を作り上げています。
(ワールドスクエアより)

サグラダ・ファミリア(スペイン)
サグラダ・ファミリア(カタルーニャ語: El Temple Expiatori de la Sagrada Fam?lia、聖家族贖罪教会、聖家族教会または神聖家族聖堂)は、スペインのバルセロナに建てられている教会。
もともと、貧しい人々のために設立された民間カトリック団体「サン・ホセ協会」が、人々の現世の罪を贖うために聖家族に捧げる教会として建設を計画したものである。
(ウィキペディアより)

タワーブリッジ(イギリス)
タワー・ブリッジ (Tower Bridge) はイギリスのロンドン市内を流れるテムズ川に架かる跳開橋。
1886年に着工、1894年に完成した。
可動部分は初期の頃水力を利用して開閉していたが、現在は電力を利用している。
タワーの高さは40mあり、左右にあるタワー内部は展望通路・歴史博物館がある。
塔のデザインは名前の由来ともなっている付近のロンドン塔の景観と調和するように配慮されている。
(ウィキペディアより)

凱旋門(フランス)
エトワール凱旋門(仏語Arc de triomphe de l'Etoile)(?がいせんもん)は、フランス・パリのシャンゼリゼ通りの西端、シャルル・ド・ゴール広場にある凱旋門である。
(ウィキペディアより)

エッフェル塔(フランス)
エッフェル塔(仏: La tour de Eiffel)は、フランスの首都パリのランドマークとなっている塔。
フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会のために建造された。
名称は設計者のギュスターヴ・エッフェルに由来する。
建設は万博に間に合わせるため2年2ヶ月という驚異的な速さで行われたが、一人の死者も出さなかった。
建設当時の高さは312.3m(旗部を含む)で、現在は放送用アンテナが設置されたため324m。
展望台は3つあり、高さは57.6m、115.7m、276.1m。
第2展望台までは階段でも昇ることが可能。
水圧エレベーターなど、当時の基本構造は今でも現役で稼動している。
鋼製ではなく錬鉄製の塔である。
(ウィキペディアより)

サクレ・クール寺院(フランス)
サクレ・クール寺院 (Basilique du Sacr?-C?ur) はフランスのパリ市内モンマルトルの丘の頂にそびえる大聖堂。
ロマネスク様式・ビザンティン様式のバジリカ大聖堂。
ギベール・パリ大司教が計画を提唱し、アバディが設計を担当した。
1889年にいち早く完成していたエッフェル塔と共にパリ市内を見晴らせる観光名所で、両建造物とも19世紀後半に構想された比較的新しいものであるにも関わらず、今やパリになくてはならない存在になっている。
(ウィキペディアより)

ミラノ大聖堂(イタリア)
イタリア最大のゴシック建築です。
1386年に着工、以来500年の歳月をかけて完成されました。
何と言っても垂直に延びる、ものすごい数の小尖塔は異彩を放っています。
全長158m、翼廊の幅93m、全高108.5メートル。
(建築・町並探訪Webサイトより)

ピサの斜塔(イタリア)
ピサの斜塔 (Torre di Pisa)は、イタリアのピサ大聖堂の鐘楼であり、観光スポットである。
1173年8月9日の着工時には垂直であったが、13世紀には傾いていることが発覚した。
高さは地上55m、階段は297段あり、重量は14、453t、地盤にかかる平均応力は50.7tf/m2と見積もられている。
現在の傾斜角は約5.5度で、傾斜の進行は止まっているそうである。
(ウィキペディアより)

サンピエトロ大聖堂(バチカン)
サン・ピエトロ大聖堂(サンピエトロだいせいどう、イタリア語:Basilica di San Pietro in Vaticano)はローマのバチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山。
サン・ピエトロは「聖ペトロ」の意で、キリスト教の使徒ペトロ(ペテロ)のイタリア語読みに由来する。
サン・ピエトロ大寺院、聖ペテロ大聖堂、セント‐ピーター寺院などと表記されることもある。
カトリック教会の伝承によれば、サン・ピエトロ大聖堂はもともと使徒ペトロの墓所があったところに建立されたとされ、キリスト教の教会建築としては世界最大級の大きさを誇る。
床面積2万3000平方m。
北に隣接してローマ教皇の住むバチカン宮殿、バチカン美術館などがあり、国全体が『バチカン市国』としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
(ウィキペディアより)

聖ワシーリー寺院(ロシア)と信幸くん(3歳)。
聖ワシーリー寺院(露:Собор Василия Блаженного?)はロシアの首都、モスクワの赤の広場に立つロシア正教の寺院。
16世紀半ば、雷帝と呼ばれ権力をふるっていたイヴァン4世がカザン・ハーンとの戦いの勝利を記念して建立した。
ロシアの聖堂でもっとも美しい建物のひとつと言われる。
1990年にユネスコの世界遺産に登録された。
(ウィキペディアより)

ノイシュヴァンシュタイン城(ドイツ)
ノイシュヴァンシュタイン城(Neuschwanstein)はドイツ、バイエルン州のフュッセン近くにある、バイエルン王ルートヴィヒ2世により建設された城である。
現在はロマンチック街道の終点として、人気の観光スポットとなっている。
その美しさから、また名前の原義(「新しい白鳥の石」)から白鳥の城とも言われている。
ペラート峡谷にかかるマリエン橋から見るのが美しいと言われている。
城の中を見学することができる。
近くにルートヴィヒ2世が幼少時代を過ごした、彼の父が所有するホーエンシュヴァンガウ城がある。
ノイシュヴァンシュタインという名は、現在ホーエンシュヴァンガウ城のある地にかつてあったシュヴァンシュタイン城にちなみ1890年になってから付けられた名であり(「ノイ (Neu)」は「新しい」の意)、建設当時はノイホーエンシュヴァンガウ城と呼ばれていた。
(ウィキペディアより)

ピョートル噴水宮殿(ロシア)
ロシアのピョートル噴水宮殿は、1709年に40年もの歳月をかけて、フランスのヴェルサイユ宮殿をモデルに造られたものです。
お庭に噴水がたくさんありますがこの噴水の数は大小あわせて118本あるとのことです。
中には庭に落ちている小さな石を踏むと突然水が飛び出すものや、木と木の間から水が出るといった様々な仕掛けのものもあります。
(ワールドスクエアより)

コロッセオ(イタリア)
コロッセオ (Colosseo) は、古代ローマ時代の建造物。
ローマ帝政期に造られた円形闘技場で現在ではローマを代表する観光地になっている。
コロッセオはラテン語でコロッセウム (Colosseum) と言い、観光では「コロッセオ」、歴史では「コロッセウム」を使うが同じ物を指す。
また、英語で競技場を指すcolosseumや、コロシアムの語源ともなっている。
(ウィキペディアより)

パルテノン神殿(ギリシャ)
パルテノン神殿(Parthenon)は、古代ギリシア時代にアテナイのアクロポリスの上に建設されたアテナ神を祭る神殿。
現在残る神殿はペルシャ戦争後に建設されたもので、長さ68.7m、幅30.6mの周柱式神殿。
通例、処女神殿と訳されるが、古代ギリシア語では、パルテノスは単に若い娘を意味する。
古典時代のギリシア建築の傑作のひとつ。
ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
(ウィキペディアより)

アブ・シンベル神殿(エジプト)
アブ・シンベル神殿(Abu Simbel)は、エジプト南部、スーダンとの国境近くにあるヌビア遺跡。
砂岩でできた岩山を掘り進める形で作られた岩窟神殿である。
建造主は新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世。
大神殿は太陽神ラーを、小神殿はハトホル女神を祭神としている(小神殿は最愛の王妃ネフェルタリのために建造されたものでもある)。
1960年代、ナイル川にアスワン・ハイ・ダムの建設計画により、水没の危機にあったが、ユネスコによって、国際的な救済活動が行われた。
1964年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方の丘に移築された。
このことが、世界遺産の創設のきっかけとなった。
アブ・シンベル神殿は世界遺産の象徴的な遺跡で、世界文化遺産に登録されている。
(ウィキペディアより)

スフィンクスとカフラ王のピラミッド(エジプト)
スフィンクス (Sphinx) は、エジプト神話やギリシア神話、メソポタミア神話などに登場する、ライオンの身体と人間の顔を持った神聖な存在あるいは怪物。
(ウィキペディアより)

ホワイトハウス(アメリカ)
ホワイトハウス (The White House) とは、アメリカ合衆国の大統領府のことである。
この「ホワイトハウス」という語は、おなじみの白亜館「メインハウス (Main House)」だけをさす言葉ではなく、一般には隣接したウェストウィング、イーストウィング、アイゼンハワー行政府ビルを含めた「大統領府」とその敷地をさす言葉である。
(ウィキペディアより)

ニューヨーク摩天楼(アメリカ)

ワールド・トレード・センター(アメリカ)
ワールドトレードセンターまたは世界貿易センター(World Trade Center; WTC)はニューヨーク市マンハッタン区のローワー・マンハッタン(マンハッタンの南端)に位置し、5万人の勤務者と1日20万人の来館者のあったニューヨーク最大のオフィス/商業センターである。
ワールドトレードセンター・コンプレックスは1WTCから7WTCまでの7つのビルで構成されていたが、有名だったのは完成時(1972年?1973年)世界一の高さを誇ったツインタワー(1WTCおよび2WTC)であった。
2棟の巨大な直方体が並び立つ姿はニューヨーク・マンハッタンのシンボルであったが、2001年9月11日の9/11テロ(アメリカ同時多発テロ)によってツインタワーが崩壊し、コンプレックスの他のビルも全壊した。
(ウィキペディアより)

自由の女神(アメリカ)
ニューヨークにある自由の女神像は、1886年にアメリカ合衆国独立100周年を記念して、フランスから贈られた。
高さは46.05m、重さは225t。
右手には松明(灯台とするためのものであったが雲に反射して船の運行妨げになるということで中止された)を、左手にはアメリカ独立宣言の日「1776年7月4日」を刻印した銘板を持っている。
王冠の7突起は7つの大陸の7つの海に自由が広がるという意味である。
足元には切られた鎖があり、自由になった証を象徴しているがあまり有名ではない。
性別は女性で、銅製だが、緑青の為に緑色になっている。
1984年、世界遺産(文化遺産)に登録される。
(ウィキペディアより)

国立代々木競技場(日本)
国立代々木競技場(こくりつよよぎきょうぎじょう)は東京都渋谷区にあるスポーツ施設である。
代々木第一体育館、代々木第二体育館の他、インドアプール、アイススケート場などからなる。
(ウィキペディアより)

東京ドーム(日本)
東京ドーム(とうきょうドーム)は、日本の東京都文京区後楽にある、同国初のドーム型野球場。
株式会社東京ドームが運営している。
愛称はBIG EGG(ビッグエッグ)であるが、近年はあまり使用されない。
(ウィキペディアより)

東京駅丸の内口(日本)
西側は丸の内北口(旧称・降車口)、丸の内中央口(同・中央口)、丸の内南口(同・乗車口)がある。
著名な赤レンガの駅舎である。
(ウィキペディアより)

東京タワー(日本)
東京タワーとは東京都港区芝公園四丁目にある、赤色(正確にはインターナショナルオレンジと呼ばれる)と白色を交互に塗装された高さ333.0mの集約電波塔である。
地上アナログテレビジョン放送(VHF・UHF)・FM放送・地上デジタル放送のアンテナとして放送電波を送出する他、JR東日本の防護無線用アンテナと東京都環境局の各種測定器を設置している。
一般的には東京のシンボル・観光名所として知られている。
(ウィキペディアより)

国会議事堂(日本)
国会議事堂(こっかいぎじどう)とは、国会が開催される建物。
正式名称は国議会議事堂である。
正面からみて左側に衆議院、右側に参議院(旧貴族院)が配置されている。
建物は左右対称だが、国会議事堂内の各議院の管轄範囲は左右対称ではなく、中央部の中央玄関、中央広間、御休所、中心の塔は参議院の管轄である。
(ウィキペディアより)

メニュー
旅行記のメニュー
|ローマ帝国 アルル Arles|駆け足で世界一周|オイシイいたりあ♪|エーゲ海クルーズ写真集【22】ローマ人の生の息吹を感じるコロッセオ|イタリア ローマ|冬のRoma旅行 その1|どたばた早回りイタリア|親孝行?なイタリア旅行|遺跡と砂漠の国☆チュニジア☆ 後編|セビーリャ SEVILLA
関連項目のメニュー
リンク
